濃霧と陽炎
台風のうねりが届くこの季節は
いつにも増して早起きになる。
波も無くなり寒さが厳しい冬が来る前に
できるだけ海に入りたいと
ラストパートだと言わんばかりに
心身ともに気合いが入る。
夏とも呼べないし
秋と呼ぶには早すぎる。
日の出を海の中から拝みたくて
まだ暗いうちに家を出る。
濃霧が立ち込めていてしっとりと肌寒い
車が川にかかる橋を通り過ぎようとした時だ
霧の様子が変だ、こちらに向かってくる。
あっという間に四方を囲まれていた
生きている!俺はまだ夢を見ているのか?
目を凝らすとそれは白い虫の大群だった
カゲロウが大量発生している。
真っ白の世界の中を車が走って行く
橋を渡り終え数百メートルで
真っ白の世界から抜け出した。
気持ち悪さよりもその壮大さに感動してしまった。
調べてみるとカゲロウは一斉に羽化する。
それは天敵である鳥や魚から逃れるためであり
捕食者が食べきれないようにして種の保存を図るそうだ。
幼虫として夏場を川底で過ごすカゲロウは9月中旬ごろに水面に上昇。
夕方に羽化し、交尾や産卵をして数時間で死んでしまう。
成虫は交尾や産卵が主な役割のため
口は退化しており食事をすることはできず
非常に短い命だそうだ。
なんて一途で真っ直ぐな命なんだ。
序盤に夏とも秋とも呼べないと書いたが
二十四節気では"白露"といい
カゲロウの事を"白露虫"と呼ぶらしい。
トンボのように颯爽と飛ぶことはできない。
飛ぶ力は弱く風に舞うかのように空中を飛ぶ。
空気がゆらゆらと揺らめいて見えることを陽炎と言う。
カゲロウは、この陽炎のように不確かで儚いことから名付けられたと言われている。
弱々しい虫というイメージがあるのだ。
腹が減り早めの夕食。
暖簾をくぐり席につき注文を待つ。
カゲロウの死骸でスリップ事故が起きたと
立ち食い蕎麦屋のテレビが映していた。
飲んでいたお茶の汗ばむグラスを置いて
小さく儚い命に手を合わせながら思う。
我々もいつ終わるかわからない
不確かで儚い陽炎の様な人生を、
カゲロウの様に終わりを意識して
真っ直ぐ一途に生きれたらな、と。
そんな俺の気持ちに気づいたのか
窓の外、やさしい西陽の中
咲遅れた向日葵がコクリと頷いた。