廃墟
海が見渡せる廃墟がある。
海側はほぼガラス張りで中も広く。
そこにはたくさんの錠剤と
自己啓発系の本が散乱していた。
ありがたいことに
ソファもベッドもあり
寝袋一つあれば快適に夜を越せたし
1人でいても不思議と不気味さはなかった。
夜はベランダに出て月明かりに滲む海原を
時間を忘れて眺められたし
それに飽きたらソーラー式の光源を灯して
散乱した本の中から俺好みのを選び
ウイスキーを飲みながら睡魔を待った。
寝袋に移動し
自分の呼吸を遠くで聞こえる波の音に
合わせる。
ああ、なんて気持ちいいんだろう。
すると耳鳴りがした。
キィーン…。
ああ、これは金縛りが来るやつだ
案の定金縛りに合う。
眼球以外動かない。
踊り場から人影が滑り降りてくる。
あ〜…ごめんなさい、お邪魔してます。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ごめんなさい…。
俺は心の中で必死に謝る。
人影がゴモゴモと何か言っている。
耳を澄ませる。
急にチューニングが合ったラジオのように
声がハッキリと聞こえだす。
や…ああ、ずっと見てたよ
君は俺に似てるな、おもしろい。
ここが好きか、俺も好きだ。
謝る事はない、君は俺が呼んだんだ。
1人でいても不気味さを感じなかったのは
そういうことだったのか。
あなたは誰ですか?
恐怖より好奇心が勝ちたずねてみた。
ああ、俺かあ
忘れてしまったよ
君と話せば思い出せる気がして話しかけてみたんだが。
金縛りはいつの間にか解けていた。
2人並んでベランダに移動する。
いい眺めですね
ああ、そうだな
君は本が好きみたいだな
好きなの持って行っていいぞ
これからの役に立つはずだ。
ありがとうございます!
借りますね。
雲の隙間から月がでて
明かるくなると
人影は消えていた。
ソファに戻り寝袋に潜り込んで朝を待つ。
目が覚めスーツに着替えて浜を目指す。
ここは何か不思議なエリアだなあ。
海から上がり言われた通り何冊か本を拝借する。
さあ、俺も自分を忘れる前に…
生きてるうちに自分を思い出すために
しっかり生きなくちゃなあ。