No Woman, No Cry
西の果て
オレンジ色の風に吹かれ
形の無い鼻歌を口ずさむ。
酔っ払った俺のスケールのデカい下ネタが
あの子の切りたての前髪を揺らした。
ありふれた出会い、
曖昧な始まりの終わり方。
西の果て
オレンジ色の風に吹かれ
形の無い鼻歌を口ずさむ。
酔っ払った俺のスケールのデカい下ネタが
あの子の切りたての前髪を揺らした。
ありふれた出会い、
曖昧な始まりの終わり方。
彼はサーファーである前に
ウォーターマンであった。
海を正しく理解し
正しく恐れる事が
最大限の悦びを生むことを知っていた。
これは俺なりの考察であり
絶対的な正解ではない
ぼんやりした提案だと思って読んで欲しい。
横乗りではしばしば"スタイル"という言葉が
目や耳から入ってくる。
結論から言うとスタイルとは
その人にしか出せない
"無駄の無い無駄な動き"の事だ。
他人と違うことをするのではなく
同じことをやっていても
アイツにやらせるとアイツだってわかる
隠しきれない個性、
だが、無駄の無い無駄な動き。
しかし、そこには謎の様式美や熱量が伴う
その人なりの着眼や癖が
時に静かに、時に五月蝿いくらい熱くはみ出す
その人の生き方の延長線上にスタイルはある。
だから、狙って出せるものではなく
自らの美学を磨くことで初めて
スタイルを纏うことになるのだ。
流行り言葉とイメージだけで、
思考もせず、信じ、恐れ、騒ぐ。
そのムードに盲目的に感化され、
これまた信じ、恐れ、騒ぎ立てる。
そんな時代に同調することなく
落ち着いて本質を捉えて
目の前の暮らしを悠々と楽しむことは、
むちゃくちゃ可能だ。
自分の心ひとつで、
騒乱も混乱も一瞬で存在しなくなる。
いいか、流されるなよ。
中国で誕生した言葉であり
荘子の『井蛙不可以語於海者、拘於虚也』が由来である。
『井の中の蛙大海を知らず』には続きがあり、日本に伝わったあとに『されど空の蒼さを知る』と付け加えられている。
『狭い世界で自分の道を突き詰めたからこそ、その世界の深いところまで知ることができる』という意味である。
井の中の蛙、大海を知らず。
されど空の蒼さを知る。
大海の鯨、大海を知る。
されど井の中を知らず。
俺は『向こう側』を知る
金ぴかの蛙でありたい。